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広島高等裁判所 昭和26年(ナ)2号 判決 1952年5月29日

原告 村井直人 外一名

訴訟代理人 三浦強一

被告 山口県選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「昭和二六年四月二三日執行せられた岩国市議会議員の選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

昭和二六年四月二三日岩国市議会議員選挙が行われ、原告等はいずれも右選挙において選挙人であると共に候補者であつたが、右選挙の効力に関し同年五月七日岩国市選挙管理委員会に異議を申立て同委員会は同月十日これを却下したので、原告等は更に同月一七日被告委員会に訴願し、被告委員会は同年六月一〇日これを棄却する旨の裁決書を原告等に交付した。しかしながら右選挙は左の理由により無効である。

第一、不在者投票の違則

(一)本件選挙の岩国投票区の不在者投票中には不在者投票をすることが事実上不能であり又不在者投票によることが許されない者に対し不在者投票原因たる事実があるかのような証明書が不当に交付せられて、不在者投票を行つた者が多数ある。

(二)右投票区の不在者投票一五二票については投票所を閉鎖した後投票と名簿とを照合しただけで、投票所閉鎖前に投票立会人の意見をきいて投票を受理すべきか否かを決定しないで、しかも投票用封筒に入れたまま一把にして投票箱に投入したのであつて、右は公職選挙法施行令第六三条の規定に違背したものである。

第二、投票箱の不正開放

本件選挙の投票所閉鎖時刻後且つ開票日時前である昭和二六年四月二三日午後十時頃岩国市選挙管理委員会委員は岩国市役所内の同委員会事務室において同委員会職員及び雇等十人位の者の立会の下に本件選挙の岩国投票区の投票箱を、同時に行われた岩国市長選挙の同投票区の投票箱と共に開函の上、数人でてんでに不在者投票在中の封筒を取出してこれを切開し、権限のない者が投票を一々目撃してその数を検算もせず投票箱に投入し、約二、三十分後に閉函し施錠に認印を施す等再度開函のおそれを防ぐ何等の措置をも講じなかつた。

第三、投票箱の違法取扱

本件選挙における各投票区の投票箱は岩国開票所に集められ、投票日から開票日にかけて岩国市役所の宿直室の戸棚に入れ、鍵をかけないで選挙従事者でない市吏員一名が同室に就寝したそしてそのうち岩国投票区の投票箱二箇を前記のとおり選挙管理委員会事務室に出し入れしたり宿直室で投票箱を監守したりするについて特定の責任者を定めることなく、その取扱の正確を期せられた事実が毫末も存しない又開函処理後施錠の鍵を右事務室の机の抽出に施錠をしない儘一夜を過ごしたのである。かように違則で放漫に投票箱を取扱われたことは、投票の効力に対して侵害が行われたことを疑わざるを得ない。

第四、投票管理者の投票用紙交付の違法

本件選挙における川下投票区の投票所では投票開始時刻に選挙人が一時に多数押しかけ、投票用紙の交付手続が正規に行われず、そのため一人で数枚の投票用紙を勝手に抜取つて投票所に入つた事実がある。右投票手続の違則は選挙の結果に異動を及ぼしたこと明らかである。

第五、開票立会人の職務執行不能

本件選挙の開票立会人の席は投票箱の開披を見ることのできない距離に設けられ、且つ白井開票管理者は開票開始から約三十分間開票立会人がその席を離れて開票場所に立入ることを禁止した。そのため立会人の立会なくして開票管理者だけで投票箱を開き投票を混同した。右は公職選挙法第六六条の規定に違背したものである。

第六、投票用紙の計算の不一致

本件選挙においては投票用紙の計算が符合しない違法がある

以上の各違則事実はその一つ一つが独立原因で本件選挙全体の無効を招来するものと考えられるが、更にこれらの各原因が組合わされることによつて選挙全体の無効は到底免かれないのであつて、選挙の結果に異動を生ずること明らかである。よつて本件選挙を無効とするとの判決を求めるため本訴に及んだ次第である。

原告等訴訟代理人は証拠として、甲第一乃至第七号証を提出し、証人柳沢信二、田中新次郎、白井達夫、肥山勝平、三国和夫、峠敏夫、吉元和嘉槌、松田好生の各証言並に検証の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告委員会代表者は主文と同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

原告等の主張事実中本件選挙の結果原告等が右選挙の効力につき異議申立、訴願に及び、被告委員会が訴願棄却の裁決をするに至るまでの経過事実が原告等主張のとおりであること、投票管理者が不在者投票を処理するにあたり封筒から投票を取出して投函すべきを誤つて封筒の儘投函し、これを是正するため選挙長白井達夫が岩国市選挙管理委員会事務局職員十名立会の上投票箱を開き、封筒の儘の不在者投票を取り出し封筒を取り除いて再び投票を投函したことはいずれもこれを認めるが、その余の原告等主張事実はすべてこれを否認する。仮りに開票の場所と開票立会人の席との距離が若干あつたとしても、開票立会人はその席を自由に移動してその機能を果し得たばかりでなく、多少疑義のある投票は特に開票立会人に示し、最後に全投票を一括してその自由な審査に任せた事実があつて、開票につき、原告等主張のような違法はない。前示のとおり投票箱を開いた一事のみは選挙の規定に違反したことを認めるが、投票の増減その他選挙の結果に異動を及ぼすべき不公正な行為の行われた事実はないから、原告等の請求は棄却せらるべきものである。

被告委員会代表者は証拠として、乙第一乃至第四号証を提出し、証人松本孝佐、村繁儀介、三国徳太郎、広田信雄、嘉屋重清巳、加藤忠次、村岡広貞、白井達夫、清水武一、松田好生、岩本正生、稲本勇、河本沢子、山本一臣の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

昭和二六年四月二三日岩国市議会議員選挙が行われ、原告等はいずれも右選挙において選挙人であると共に候補者であつたこと、右選挙の効力に関し、原告等主張の各日時に、原告等から岩国市選挙管理委員会に異議を申立てたところ却下せられたので更に被告委員会に訴願したが被告委員会はこれを棄却する旨の裁決書を原告等に交付したこと投票管理者が不在者投票を処理するにあたり封筒から投票を取出して投函すべきを誤つて封筒の儘投函し、これを是正するため選挙長白井達夫が岩国市選挙管理委員会事務局職員十名立会の上投票箱を開き、封筒の儘の不在者投票を取り出し封筒を取り除いて再び投票を投函したことはいずれも当事者間に争のないところである。そこで原告等主張の本件選挙の無効理由の有無につき順次判断する。

第一、不在者投票の違則について

(一)原告等の提出援用する全証拠資料によるも本件選挙の岩国投票区の不在者投票中に不在者投票による投票を許されない者に対し不在者投票原因たる事実がある旨の証明書が不当に交付せられて不在者投票を行つた者が多数ある旨の原告等の主張事実はこれを認めることができないから、原告等の第一の(一)の主張は理由がない。

(二)成立に争のない甲第二第六号証に証人松田好生、岩本正生の各証言を綜合すれば、前記岩国投票所の投票管理者は松田好生、投票立会人は岩本正生、藤本チネ、田島信の三名であるが、投票管理者松田好生は投票所の閉鎖前に不在者投票一五三票の送致を受けたので、投票所閉鎖後直ちに右投票立会人三名の立会の下に不在者投票名簿と右投票とを対照し、投票立会人等の意見を求め、異議がないので不在者投票全部の受理を決定し、投票用封筒に在中の儘これを投票箱に入れた事実を認めるに十分であつて、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると、投票管理者松田好生の不在者投票の処置としては、投票用封筒から投票を取出してこれを投函すべきであるのを誤つて投票用封筒に在中の儘投票を投函した点において公職選挙法施行令第六三条の規定に違反したそしりを免れないが、その他の点については何等違法はないものといわなければならない。そして右投票管理規定の違反は本件選挙を無効とする程度の重大なかしとはいえないから、原告等の第一の(二)の主張も採用できない。

第二、投票箱の不正開放について

成立に争のない乙第二乃至第四号証に証人白井達夫、稲本勇、河本沢子の各証言を綜合すると、昭和二六年四月二三日岩国市長選挙及び同市議会議員選挙が同時に行われ、同日午後六時各投票所を閉鎖後、各投票所から投票箱を岩国市役所宿直室へ運ばれたところ、同選挙長白井達夫(岩国市選挙管理委員会委員長)は同選挙管理委員会事務局長中村利夫から「岩国投票所の投票箱には不在者投票の封筒も入れてある」旨報告があつたので、同局長と相談の上同日午後十時頃事務局職員に命じて前記宿直室から岩国投票所の投票箱二箇を同市役所内の選挙管理委員会事務室に運ばせ、同事務局職員六、七名立会の下にこれを開函したところ、投票在中の封筒が入れてあつたのでこれを取り出し、先ず白井選挙長自ら封筒を二十枚位開封し、その余は同選挙長の監視の下に職員の一名に市長選挙の不在者投票在中の封筒を、他の一名に市議会議員選挙の不在者投票在中の封筒を逐次開封させ、両選挙の投票を混同しないよう細心の注意を払つて約二十分後に右投票をそれぞれ投函して投票箱に施錠し再び右二箇の投票箱を宿直室に運ばせたのであるが、その間投票の混同、増減、改ざん等不正行為は全く行われなかつた事実を認めるに十分であつて、現に右認定を覆すに足る証拠はない。そうすると、選挙長白井達夫が一旦閉鎖された投票箱を開函した上前記のように不在者投票在中の封筒を開封して投票を投函したことは投票管理規定に違反したものであること明らかであるけれども、その間に選挙の公正を害された事実の認められない本件においては選挙の結果に異動を生ずる虞があるとはいえないから、右違法を以て直ちに本件選挙を無効とすることはできない。(なお、投票箱に施錠した上更に認印を施すことは必ずしも要しないことである。)原告等第二の主張は理由がない。

第三、投票箱の違法取扱について

前掲乙第二号証に証人稲本勇、河本沢子、山本一臣の各証言を綜合すると、本件選挙における各投票所の投票箱は施錠の上岩国市役所に集められ、投票日の夕方から開票日の朝にかけて同市役所の宿直室の戸棚に保管せられ、その間前記認定のとおり岩国投票区の投票箱二箇を選挙管理委員会事務室に運んでこれを宿直室に返還されたけれども、その後は各投票箱は全部施錠して宿直室の戸棚に保管せられ、同夜宿直室には選挙管理委員会事務局書記稲本勇と同市吏員山本一臣との両名が、出入口の障子に内側からつつぱりをかけて外部からの開閉を防止した上就寝したところ、翌朝何等異状が認められなかつたこと、前記岩国投票区の投票箱を開閉後、その鍵は右事務局雇河本沢子において事務室の稲本勇の机の抽出に他の投票箱の鍵と共に入れて帰宅したことを認めるに十分であつて、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

かくすると、本件選挙の投票箱の保管については何等違法は認められないけれども、投票箱の鍵の保管に細心の注意が払われなかつた嫌がないでもない。しかしながら、右鍵の保管が不十分であるため本件選挙の公正を害されたという事実を認むべき何等の証拠もない本件においては原告等第三の主張は採用できない。

第四、投票管理者の投票用紙交付の違法について

証人広田信雄、嘉屋重清巳、村重儀介、松本孝佐、三国徳太郎の各証言並に検証の結果を綜合すれば、本件選挙における川下投票所では投票開始の午前七時前後には工場勤務者が出勤前に一時に多数押しかけたため一時混雑したことが窺えるけれども原告等主張のように投票用紙の交付手続が正規に行われず、そのため一人で数枚の投票用紙を勝手に抜取つて投票所に入つたという事実は、これを認むべき何等の証拠もない。してみると川下投票所において投票管理者の投票用紙の交付が違法であるとの原告等の主張は採用できない。

第五、開票立会人の職務執行不能について

証人加藤忠次、村岡広貞、肥山勝平、柳沢信二、清水武一、峠敏夫、吉元和嘉槌の各証言並に検証の結果を綜合すれば、本件市議会議員選挙の開票に当り開票立会人の席は開票台から最短距離八、五メートルの距離に設けられ、開票管理者白井達夫が開票立会人等に対し席を離れて開票台に近ずくことを抑制したため、開票立会人等は当初二十分位の間は投票の混同及び点検に関与できなかつた事実を認めるに十分であつて、他にこれを覆すに足る証拠はない。そうすると、右開票の手続は公職選挙法第六六条第二項の規定に違反したものといわなければならないが、その間に選挙の公正を害すべき事実を認めうる証拠は全くないし、前掲各証拠によれば開票開始後約二十分の後には白井開票管理者も開票立会人等の要望を容れて同人等が開票場内に自由に立入るのを認め、有効、無効の疑のある投票については開票立会人等の意見を求め且つ全投票を立会人等の点検に供したことが認められるから、前記選挙手続の違反は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞がないものというべく、原告等の第五の主張は理由がない。

第六、投票用紙の計算不一致について

原告等は本件選挙において投票用紙の計算が符合しないと主張するけれども、これを認めうる証拠は全くないから、右主張は理由がない。

以上認定のとおり、原告等主張の本件選挙無効原因はいずれも理由がないし、前記認定の各選挙管理規定違反事実を綜合しても、本件選挙の結果に異動を生ずる虞があるとは考えられないから、本件選挙を無効とする判決を求める原告等の本訴請求は失当としてこれ棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 宮田信夫 裁判官 池田章)

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